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[民事訴訟法]新旧訴訟物論争と訴訟物構成戦略(債務不履行と不法行為)

   

[民事訴訟法]新旧訴訟物論争と訴訟物構成戦略(債務不履行と不法行為)

訴訟物の戦略的な構成について、特に民法415条と709条の関係性について勉強する必要に迫られたので、その結果メモを記録しておきたい。

特に有用だった参考文献は以下3つであり、概ねそこから引用した表現についてはグレーがけして記載する。

(参考文献)

  • 原強(2014)『やさしい民事訴訟法』法学書院.
  • 高橋宏志(2011)『重点講義民事訴訟法』(上・下,第2版)有斐閣.
  • 伊藤眞(2016)『民事訴訟法』(第5版)有斐閣.

ただし、グレーボックスの文章に関して、複数の書籍を総合したりやや自分独自の表現を加えたりした部分もあるので、完全な引用ではない。

 訴訟物とは、原告の訴え、具体的には訴状の請求の趣旨及び原因によって特定され、裁判所の審判の対象となる権利関係を指す。訴訟物は、既判力の客観的範囲を画するものであり、訴訟物は当該訴訟に置いて解決される紛争の範囲を明らかにして、当事者に敗訴した場合の失権の範囲を知らしめるものである。また、そのように審判対象を画定するほか、併合裁判籍(7条)、二重起訴の禁止(142条)、訴えの変更(143条)、訴えの客観的併合(136条)、既判力の客観的範囲(114条1項)、再訴の禁止(262条2項)などの訴訟法上の効果が決定される。したがって、訴訟物の特定の基準は、訴訟手続上重要な意義を持っているが、これに関して、旧訴訟物理論と新訴訟物理論の対立がある。
(参考文献1. pp.47, 参考文献3. pp.205-206)

そもそも訴訟物とは何か、ということだが、訴訟を起こす際に根拠となる法律がある。

その法律に基づいて訴訟を起こす場合に、その訴訟を訴訟物というそうだ。

目に見えないので物ではないのだが、「訴訟物」というあたかも物のような表現をする。

 例えば、Xが個人タクシーに乗車したところ、タクシー運転手Yのわき見運転のために道路脇の電信柱にタクシーを衝突させ、その弾みで乗客Xが負傷した場合、XはYに対して、実体法上、債務不履行に基づく損害賠償請求権(民415条)と不法行為に基づく損害賠償請求権(民709条)を行使することができるものと思われる。
 このように、同一の生活事実が複数の請求権規範を充足することによって、同一給付を目的とする複数の請求権が発生する場面において、XのYに対する債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権とを異なる別個の訴訟物と考えるか、同一給付を目的とするものであることから一つの訴訟物であると考えるかの対立がある。
 旧訴訟物理論は、実体法上の請求権ごとに訴訟物をカウントする立場であり、債務不履行に基づく請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権とを別の訴訟物であると捉える。これに対し、新訴訟物理論は、実体法秩序が認める給付を受ける法的地位なり形成を受ける法的地位を訴訟物に捉える立場であり、実体法上の請求権ごとに訴訟物をカウントし実際上は一つの紛争を分断せず、訴訟物としては一つの損害賠償請求権が認められるにとどまり、債務不履行や不法行為は損害賠償請求権を支える攻撃方法にすぎないと考えるのである。(1. pp.48-49)

普通われわれ日本人のように平和慣れしていて訴訟を起こすことなど一般的には考えない国民からすると、タクシーに乗った際の事故でわざわざタクシー会社に訴訟を起こすことなど考えもしないが、軽い事故であっても訴訟を起こせる。

個人的には、タクシー運転手がわざわざ遠回りをしたり道に迷ったりして運賃が必要以上に高くかかったりした場合も訴訟を起こせると思うし多分訴訟大国アメリカとかだと普通に訴えそうな気がするが、ここではそれは関係ない。

 ここで、旧訴訟物理論を論理的に貫くと、実態法秩序が1回の給付や形成しか認めていないのに、債務不履行に基づく損害賠償請求権で勝訴した原告が、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づく第二の訴訟を提起して再び勝訴するという容認しがたい事態が生じかねないという批判が生じた。
 このような批判に対して、旧訴訟物理論は、選択的併合なる併合理論を作り出して、複数の同一給付や同一形成を命じる判決が下されるという容認しがたい事態を回避しようとした。すなわち、請求権競合の場面において、債務不履行に基づく損害賠償請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権とが併合請求された場合、原告としては、いずれか一方の請求が認容されれば他方の請求については取り下げる趣旨の訴えであるとの併合理論を作り出した。(1. pp.49-50)
 しかし、訴えという申立てに、原告が順位もつけずにどちらかで認めてくれ、そうすれば残りは撤回するというものは、あまりの便宜を原告に与えることとなる。かつ、裁判所の目から見て審理しやすい方から選びそれで判決してよく、そこに既判力を与えるというのは、裁判所と当事者の関係から見て、裁判所に先見を与えすぎ大いに問題だということになる。加えて、この立場は、債務不履行とか不法行為とかの実体法上観念的に存在する請求権を重視しないということであり、その点において旧訴訟物理論の前提を離れ、新訴訟物理論の前提に近づいていることとなる。(2. 上pp.34)
 すなわち、旧訴訟物理論における選択的併合は、実質的に旧訴訟物理論自体を否定して新訴訟物理論を肯定していることに近いといえる。

 新訴訟物理論においては、全実体法秩序により一回の給付を是認される地位を訴訟物と把握する。同一当事者間での同一紛争に対して一回の訴訟で解決するのが訴訟制度としては望ましいため、学説上は新訴訟物理論の方が優れているとされている。

 しかし実務上は、旧訴訟物理論の立場に立っている。実務において新訴訟物理論に立つとすると、旧訴訟物理論による場合と比べて敗訴当事者が失権する範囲が広くなり、裁判所は当事者が主張していない請求権の存在についてまで釈明をしなければならず、負担が過大なものとなることが指摘されているからである。(1. pp.53)

 したがって、実務的には、裁判所は原告が持ち出してきた主張だけしか判断を行わないため、原告が持ち出して来ない観点において請求認容の可能性があったとしてもそれを原告に示唆したりはしない。裁判所の負担が増大してしまうからである。

新旧訴訟物理論というものがあり、原告からするとなんども訴えるチャンスがありそうなので古い方が良さそうに見えるが、被告からするとなんども訴えられると社会生活に支障をきたすし、裁判所側や司法の世界全体からすると何度も同じ事件で費用と時間を多大にかけることのコストがひどくなるので、新しい方が優れているとみなしている。

しかし実務的には旧訴訟物理論に立っているので、原告側はどの法律に基づく訴えを提起するかが問題となる。

 旧訴訟物理論の立場に立ち、訴訟物をいかに構成するかは、訴訟戦術にも関わる問題であり、当事者が置かれている具体的な状況を踏まえて、いかに実体法上の権利として主張するかが問われる。
 例えば、XがY社において労働災害にあい重傷を負った事件において、損害賠償を請求する場合の訴訟物の構成として、不法行為構成によるか、安全配慮義務違反を理由とした債務不履行構成によるかが問題となる。不法行為構成によれば損害賠償金に対する遅延損害金は事故発生日から請求できるが、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行構成によれば、損害賠償金に対する遅延損害金は損害賠償請求をした日の翌日からしか請求できないことになる。民事法定利率は年5分であり、現在の預金金利などと比較すると、遅延損害金につき事故発生日から請求できることは魅力的である。例えば民事法定利率年5分による金1000万円に対する3年間の遅延損害金は、年150万円になる。しかし、事故発生日からすでに3年以上が経過している場合には、不法行為構成によると、Y社から消滅時効が援用される可能性があり、時効期間が10年である債務不履行構成によることが望ましいといえる。(1. pp.55)

上記のタクシー事故の場合、明らかに709条で訴えた方が原告側は得する。

年利5%でお金を増やせるというのは、貯金の金利がほぼ0%の現代において、かなり凄まじい資産運用手段といえる。

しかし時効期間の短さを考えると、415条で訴えるしかないという場面もある。

 また、立証責任においても、不法行為構成の場合には、XにおいてY社に故意または過失があったことを主張立証しなければならないのに対して、債務不履行構成によるときは、Xは、具体的な事案においてY社が尽くすべきであった安全配慮義務の内容について主張立証さえすれば良い。債務不履行責任は、契約当事者間で問題となるものであり、契約当事者間では、通常の人間関係よりも相手の信頼を損ねないように誠実に行動することが要求されるためである。それにもかかわらず、債務不履行をして債権者に損害を生じさせたということで、信頼を裏切ったということになるから、不法行為責任よりも、債務者の責任を(訴訟面で)重くしていると考えられる。一方、不法行為責任に基づく損害賠償請求は、契約当事者のような重い信頼関係を前提としないため、訴訟の一般原則どおり「原告に主張・立証責任あり」という形をとっている。そして、Y社が債務不履行構成による請求をされた場合には、契約の義務を尽くしたことを主張立証しなければならない。このように、不法行為構成の場合には原告側に立証責任があるのに対して、債務不履行構成の場合には立証責任は被告側にある。一般的に、相手方の過失を主張立証することは難しいものであるため、Xは債務不履行構成で請求をした方が勝訴できる見込みが高くなる。また、Y社の違法性が強度でないと、不法行為構成が認容される可能性が低くなりうる。具体的な事案において、Y社の過失が明らかであり、Y社の過失を明らかにする証拠もあるような場合であるのか、Y社の過失を立証することが容易ではないと見込まれる事案なのかなどにつき検討して、訴訟物の構成を行う必要がある。

 また、老人福祉施設において入所者Aがベッドから転落して事故死した事案において、遺族であるXが損害賠償を請求しようとする場合、不法行為構成によれば、Xが相続したAの慰謝料請求だけでなく、近親者自らの慰謝料請求をも合わせて請求することが可能となる。これに対して、債務不履行構成による場合には、近親者自らの慰謝料請求をも併せて請求することはできないものと考えられている。これは、あくまでも債務不履行構成の場合には、事前の契約が順当に履行されたかどうかだけを問題にするので、不法行為に比較して責任範囲が狭くなってしまうことになるためである。この例に限らず、例えばXが被害者でYが加害者のケースにおいて、契約事項が履行されたか否かに加えて、Xがその被害によって副次的に精神的な疾患等を負ったなどの場合においても、不法行為構成であればその分も追加して広く損害賠償請求できる可能性がある。

しかも立証責任が原告にあるか被告に回るかでまた訴訟の勝ち方の容易さが変わる。

普通は415条の方が相手側に立証責任があることになるので、原告はこちらの方が勝ちやすい。

なお、上記のように選択的併合なる併合手法を用いて、債務不履行構成と不法行為構成とを併合して選択的請求をすることもできる。その合、いずれかで勝訴できれば所定の賠償額を原告は得ることができるが、本来不法行為構成でも勝てる見込みがあったにもかかわらず、裁判官の選択によって債務不履行構成での判決が出されてしまった場合、得られる賠償額が少なくなってしまう恐れがある。不法行為構成でも勝てる見込みが高いのであれば、単独に不法行為構成で請求する方が望ましい。

もしも勝てる見込みがなければ主位的に不法行為構成での請求をし、予備的に債務不履行構成で請求を行うことが得策といえる。

このように、訴訟物構成は、実際の事件との関係で、いかなる法律構成によることが当事者にとって最善であるのかについて検討した上で判断することが要求される。訴訟物の構成によって、勝訴敗訴が逆転し、勝訴したとしても当事者が手にすることができる賠償額に大きな違いが生じることになりかねないという意味では、訴訟物構成の決定は、十分に事実を把握した上で、実体法の知識を駆使すると共に、訴訟追行上の見込みなども総合的に勘案して行う必要がある。

全くその通りで、ネット上を見ると709条よりも415条の方がやりやすいよ、という意見を多く見かけるが、勝てそうなら多少立証責任の面倒さがあったとしても、お金をたくさんとれるという意味で709条の方で訴訟を起こした方が得策な場面もある。

個別具体的な事案に応じて検討することが重要である。

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