知財業界と専門分野(知財業界と特許審査の変遷)
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今年のテーマは、知財業界と専門分野、らしいので、私の専門分野である(専門分野であった)特許審査について語りたいと思います。
とりわけ、審査がどうこうということに特化するものではなく、私の経験から感じた、特許審査の変遷について書いていきます。
Contents
自己紹介
私は今弁理士ですが、それまでは19年半ほど特許庁で特許の審査官をしておりました。
なので、この間の審査をとおして、どのようなことを感じてきたのか、を語ることはできます。
すぐに実務に直結する話ではありませんが、たぶん私くらいしかほかに語る人がいなさそうなので、感じるがままに赤裸々に語ります。
審査官補時代(2006~2011年ごろ)
私は2006年に入庁し、審査第四部デジタル通信という審査室に配属されました。
まずは、指導審査官と呼ばれるメンターみたいな人にOJTで教わっていくわけですが、まあこの指導審査官が優秀だったわけです。
加えて自分は通信技術のことをよくわかっていなかったものですから、勉強しながらということもあり、全然ノルマを超えることができませんでした。
それでも指導官はとてもやさしく、楽しく仕事をすることができました。
で、だいたいこのころの審査の目標は、「審査のこぶ」と呼ばれる滞貨をとにかく処理することが至上命題でした。
今では考えられないですが、FA30月とかそのレベルですね。審査室によっては、もっとFA期間が長かった気がします。
で、審査官には毎月のノルマとして「パワー値」っていうのが与えられているんですけれども、たとえば新件1件処理すると1パワー、中間を1件やると0.5パワー、PCTは2.15パワーとかで与えられてて、大体審査官一人当たり30パワー前後がノルマになってました。
審査官補は、その年数に応じて1未満の係数がかけられて、ノルマが抑えられているイメージですね。
で、普通にやってると、多少頑張ってノルマを100%超えられる、というのが一般的なのですが、中には優秀な人がいて、平然と120%とかこなす人がいるわけですね。
さらに、「大砲」と呼ばれる、200%以上とかぶっぱなす人もいて、もうめちゃくちゃ処理するわけですが、中には質がどうなってるのか怪しい人もいたりして、でも量をこなすことが大目標なので、そういうのは目をつむられていた感があります。
たとえば。
審査官補は、やたら起案を丁寧に書くように指導されて、何回も直されるのが普通です。
厳しい指導官についちゃうと、それで全然ノルマがこなせなくて、軽く病んでるような審査官補もいたわけです。
で、そんな厳しい指導官の起案を見てみると、すんごいシンプルだったりする。
たとえば、部下には引例1と引例2の動機付けとかをものすごく厳しく書かせるくせに、自分の起案では、
引例1には~が記載されている。
引例2~5には~が記載されている。
終わり。
といった、たった2行とか3行とかで進歩性の判断を終えてるだけの審査官も割といました。
動機付けもなにもあったもんじゃない。
審査官として独り立ちすれば、こんな簡単な起案でも1パワーもらえるんだから、すんげえ楽な仕事だな、とよく思ってました。
審査官補はつらい。審査官になって独り立ちすれば天国。
それで僕は一度別の人に愚痴ったことがあったんですよ。
「なんであの人は他人に対して厳しいくせに、自分の審査は楽してるの?ずるくないすか?」
そしたら帰ってきた答えが、「頭の中にすべて動機付けとか審査基準とか入ってるから、それをあえて紙面にアウトプットする必要がない」とか意味不明なもので、全然納得しなかった。
まあでもその人はいろいろ知識すごくて、たくさん勉強させてもらいましたけど、それと起案を雑に書くこととは別次元だろ、と突っ込みたくなりましたが、まあいろいろありました。
入庁3年目になって衝撃を受けたのは、「最初の拒絶理由」→「周知例をくっつけて拒絶査定」という技を教わったことです。
1年目と2年目の指導官は、最初の拒絶理由後の補正で新たな限定が入ってきた際に、それを埋めるための新しい引例を追加した場合は、必ず「最後の拒絶理由」にしてました。
だけど3年目の指導官は、新しい引例をくっつけた場合でも、引例が複数あれば周知例とみなせるから、そのまま拒絶査定できる、みたいなことをおっしゃっていて、そんなチート技みたいの使ってええんか、と正直に思いましたね。
「そんなことしていいんですか?」と聞いたら、「特許の目がないものは早めに拒絶査定してあげたほうがいい場合もある」とかなんとかおっしゃってて、そういうもんなの?とも思いましたが、まあそういうものととらえて、このころから割と「最初の拒絶理由」→「拒絶査定」をバンバン僕は出しました。
そんなことができると知ったら、もうパワー値も出まくりで、月のノルマ達成値が200%に達することもありました。
とても雑な審査をしてしまい、申し訳ございません。
若手審査官時代(2011年~2015年ごろ)
審査官に上がると、もうやりたい放題で、部下も持てるようになり、気分は有頂天でした。
今は品質監査とかが抜き打ちであったりするし、必須協議案件とかがあったりするので、完全に一人で自由に大暴れすることなんて難しいですが、このころは品質監査とかもなかったし、必須協議もなかったので、やりたい放題で自由でしたね。
あと、このころになると、併任とかいう残業100時間超えのめっちゃ忙しい部署に異動になったり、併任いったご褒美に留学の機会が与えられたりと、審査業務以外のことも経験するようになります。
一方、地震で被災した方々のためにボランティア派遣にいく審査官が増えたり、また、審査の優遇措置を被災地の方々に使っていただいたりと、いろんな背策が走りました。
審査体制も、審査の影響を少なからず受けてたわけです。
実務としては、このころに「デジタル通信」という審査室から「電話通信」という審査室に異動になりました。
いままでは、「制御」や「ソフト」的な、やや概念的な発明の審査が多かったですが、「電話通信」では、実際の「電話端末」という「物自体」を審査することがたまにありました。
「制御」と「物」だと、割と違いを感じました。正直、ちょっと「物」の審査をどうやっていいかわかりませんでした。
まずサーチに関して。
「制御」系では、たいてい「文章」中に該当箇所があるかどうかを探していきます。
図面はフローチャートとかなので、そこを見てなにかヒントになることが少ないですから、あまり図面サーチは有効ではありません。
一方、「物」のサーチの場合だと、図面中心のことが多いです。
「文章」で探すよりも、絵で見てその構成が描かれているかどうかを探すほうが効率がいいですからね。
というわけで、サーチ件数も制御系より物自体の案件のほうが多くなります。
サーチ機関に外注して納品してもらう場合でも、制御系ではだいたい500件の先行技術文献がスクリーニングされて納品されてくるイメージですが、物系の発明だと、スクリーニング件数が1000件を超えるのは当たり前で、サーチャーさんによっては4000件くらいスクリーニングしてくる猛者もいました。
さらに物系だと、もうやたら参照符号が付与されているイメージがあります。
1個の図面からこんなにも引き出し線が出てくるのか。と思いながら、起案するときも、ちゃんとその用語と参照符号を転記しながら起案するので、ちょっと起案が面倒でした。
さらに進歩性の組み合わせもちょっと注意を要しました。
制御系だと、まあだいたいやろうと思えば組み合わせられそうですから、ガンガン組み合わせて進歩性否定してましたけど、物系だと、それを組み合わせることにまず物理的な制約があるんじゃないかとか、いろいろ考えてしまって、結果、うまく動機付けの起案が書けないことが多かったです。
そういう意味で、制御に慣れ切った私には、物の発明の審査をすることが最初は非常に苦労しました。
中堅審査官時代(2016年~2020年ごろ)
ふつうは審査部をまたぐような異動ってあまりないんですけど、審査第二部の審査がちょっと遅れてるとかどうとかいう理由だったと思いますが、他の部から審査第二部に多くの審査官が異動する状況がありました。
私も審査第四部から審査第二部に異動になり、このときは「一般機械」という審査室に配属となりました。
ねじとか接着とかの「固着」という分野と、振動抑制や防止に関する「防振」という分野を担当しました。
もうなんというか、四部と二部だと文化も違うし、そもそも知り合いいないし、加えて技術用語も全然わからんし、さらに、制御の審査がほぼなくなって完全に「物」の審査ばかりになってしまったので、
もともと電気通信が専門だった自分には、最初は地獄でした。ノルマも全然こなせないし、使われる用語もよくわからん。治具、クリップ、クランプとかいう基本的な工具のこともようわからんかった。。
でも、やってくうちに、やっぱ身近な物の審査って、身近なことに役立つんですよね。
工具の審査やってたおかげで、DIYとか自分でやるようになって、パパすごーいって家族から言われるようになりました。
あと、展示会に参加したり、発明者との面接とかも面白いですね。
書面で見ていた図面と同じものが目の前に実物としてある、というのは感動しました。
制御系だと、目に見えないので、展示会に行っても「あ、これ書面で見たやつだ!」みたいな感動が起きることはなかったです。
サーチに関して言えば、もう完全に図面サーチがメインになってきて、最初は慣れなかったですけどなれると面白い。
コンプリートサーチに近いものができているような気がしていました。
制御系だとやぱりサーチキーよりもテキストに頼らざることが多くて、いくらシソーラス展開しても、どこかで漏れがあるんじゃないかという気がしていた。
しかし図面サーチがメインでいいのであれば、むしろテキストではなく、FIやFタームといったサーチキーだけで絞れる。
この技術ならこの分類ついてるにきまってるから、ここだけ全部見ればいい、みたいな割り切りがしやすかったです。
ほんとマジで制御系のサーチって切りがないから、文献が見つからなかったときの精神的苦痛がひどかったです。文献が見つからないときに、見つからないと言い張れる根拠を探さなきゃいけない。悪魔の証明をしてるみたいな苦労がありました。
で、そういえば二部に来てから、やたら新規性違反を打つことが多くなりました。
審査第四部にいたときは、文献1個でそのものずばりで新規性なしを打てるものだったとしても、「どうせちょっとでも補正されたら意味ない」くらいの感覚で、29条2項しか打ってこなかったんですよね。たまたまそういう考え方の指導官が多かったので、その感覚が身についていた。
だから二部に来た時に、文献1個で進歩性なしだけを拒絶理由通知書に起案したとき、グループ長から「え、これ新規性なし打たないの?」と聞かれ、「え、打っていいんですか?」と逆に聞き返してしまった。
それから、二部一般機械にいたときに、「固着」というプリミティブな技術を扱うことから、「実開昭」とかの実用新案を引例に使うことが多くなったのですけど、最初に実用新案を起案したときに、「引用文献等一覧」への書き方が間違ってて、指摘されました。
実願昭55-〇〇〇〇〇〇(実開昭57-〇〇〇〇〇〇)のマイクロフィルム
とか書かないといけないんですね。
特許公開公報と同じノリで「実開昭57-〇〇〇〇〇〇」とだけ書いて提出したら、グループ長から「え、マイクロフィルムとか書かなきゃいけないじゃん?」みたいに指摘され、「そうなんですか?」と聞き返してしまった。
で、今まで実用新案を引例で使ったことがない、と私が言ったら、グループ長が愕然としていました。
四部デジタル通信のときは全然実用新案なんか引かなかったからなあ。。。
そんな感じで、最初は苦労してましたが、1年半くらい経つともうほぼ技術にも慣れて、むしろ四部にいたときより二部のほうがおもしろくなってきました。
全然余談ですが、部ごとのカラーみたいのがあって、一昔前は、「二部は軍隊」みたいに言われていたんですよ。
だから正直、二部に行くことに決まったとき、私は戦々恐々としてました。
ほかの審査官からも「軍隊に行くんですよね」ってにやにやしながらからかわれたこともありました。
しかし行ってみると、全然軍隊感なくて、むしろ管理職はじめみなさんおっとりして親切にいろいろ教えてくれて、楽しかった。
四部もよかったですが、二部も非常に良かったですね。感謝しかない。
それから、このころになると、経産省全体として「中小企業を支援しよう」みたいな流れになってて、審査部でも、中小企業や個人さんに対しては特に丁寧にやりましょう的な流れがありました。
それに合わせて、審査官もお客さん目線で出願人と対応しましょう、という注意喚起が定期的になされるようになっていきました。
もしかしたらこのころのあたりから、「あれ?最近審査官、やさしくね?」と感じ始めた出願人の方も多いんじゃないでしょうかね。
一昔前はつっけんどんな審査官が多かったと思いますが、このくらいから、手厚い面接対応等になっていたかと思われます。
それに加え、審査部でもやはり「品質の時代」ということになり、FA11が達成されたのちは、量の審査ではなく質の審査だ、ということになりました。
昔は200%も300%もノルマをこなす審査が評価されましたが、基本的にそういうのではなく、質のよい審査をしましょう、という流れになりました。
それでも130%くらいの量のノルマをこなしていたら、高い評価がついて昇進とかボーナスとかには影響してましたが。。。
だから、昔ほどばかすか量をこなす審査官は減りましたね。
かわりに、必須協議のノルマが増えました。
審査官は基本的に一人で審査するのですが、所定の種別の案件に関しては、2人以上の審査官同士で協議が必須となったりしました。
あるいは、品質管理官からの抜き打ちのチェックが入りましたね。
ざるなサーチをしていたり、厳しすぎる審査がなされていたりしたときは、品質管理官が容赦なく差し戻してきますね。
割と差し戻されるとショックです。で、私は素直にしたがってましたが、癖の強い審査官だと、品質管理官と激しいバトルを繰り広げる場合もあったとかなかったとか。
ベテラン審査官時代(2020年~2025年(退職)ごろ)
自分でベテランいうな、という感じですが、実際、この頃になると専業4級にもなり、ベテラン扱いされるんですね。
この時期に私は審判部というところに1年間だけ行きました。
審判部というと、なんだか管理職上がりのベテランがいくところというイメージがあるかもしれませんが、入庁して15年目くらいで審判官コース研修というのを修了すると、審判ローテと呼ばれる審判部に1年間だけ行くコースに乗れるんですね。
これは一昔前は2年間くらいあったみたいですが、昨今、審判部の案件が減ってるとかどうとかいう理由からかよく知らないですけど、1年間に短縮されてました。
1年間だけだと、当事者系の無効審判請求とかを経験できる確率が低いので、経験としては乏しくなりがちですが、仕方ない。
実際私も無効審判の案件に携わりましたが、審判廷であれこれやりあうところまでは経験できませんでしたね。
ほとんど、査定不服審判ばかりです。
で、ここでわかったこととしては、まあ部門のカラーにもよるのかもしれませんが、進歩性での拒絶査定はほとんど覆って特許審決になる、ということでした。
仮に新規性なしの拒絶査定だった場合は、なにかしら特許の芽を見出して拒絶理由を通知し、解消すれば特許にする的な、かなり出願人サイドによりそった方針が貫かれてました。
なので、私は1年間で一度も拒絶審決を書いたことがありませんでしたね。
主引例によほど強い、文献組み合わせの示唆が書かれていない限り、副引例を組み合わせる動機付けなし、で一蹴です。
単に拒絶審決を書くのが面倒だからそうやってるんじゃないか、くらいの勢いで、特許審決ばかりになる。
だから、ここで学んだこととしては、「目くじら立てて無理やり進歩性で拒絶査定しても、どうせ審判部でひっくり返るから意味ないな」という悟りでした。
審判ローテが終わった後の私は、もうすごい勢いで特許査定を出すようになってしまいましたね。
とりあえず最初の拒絶理由通知では進歩性なしの起案をするんですけど、しっかりした意見書が返ってきたら、もう特許査定する方向性になってましたね。
もちろん新規性なしの場合は、そのまま文献と文言一致なので、拒絶査定になりますけど、進歩性なしに対してしっかりした意見書が来た場合は、無駄に出願人と戦うことなく特許にする方針にしてた気がします。
審査官って、基本的に意見書でされた主張にはすべて答える必要があるんですよ。
だから、意見書で、文献組み合わせの動機付けがない、阻害要因がある、本願の課題は文献からでは見いだせてない、本願の効果が奏しえない、適宜なしえたという根拠がない、みたいなことをたくさん主張されると、それに全部答える必要があるから、いちいち反論してるのもキツイというか、まあ一個でもそれに反論するのにきつくなってきたら、まあ特許せざるを得ない。
だからあれですよ。
意見書で主張するときは、動機付けがない、と1個だけポンと書くのではなく、包帯禁反言に注意しながら、とにかく引例1と2を組み合わせる動機付けがない、阻害要因あり、仮に組み合わせても本願に至らない、など、多面的に並列でがっつり主張しといたほうがいいですよ。
そのほうが確実に特許になる可能性が高まる。審査官が「これはめんどくさい意見書だな」と思ってくれればOK。
あと、時折、2025年くらいになると、「審査官もAI使って拒絶理由書いてるだろこれ」という意見がXとかでちらほら見られたような気がしたのですが、少なくとも私が退職する2025年には、業務で使える拒絶理由通知を書くためのAIツールは導入されてませんでした。
サーチも基本的にはAIじゃないですね。
なんか、サーチツールで、「概念検索」っていう機能が導入されて、出願番号を入力して概念検索ボタンを押すだけで、AIが近い先行技術を引っこ抜いてくれるという機能があって、これはAIが使われてました。
ただチャットGPTみたいなインタフェースの生成AIで審査官がサーチしたり起案したりというのは、少なくとも私が退職するまではなかったです。
審査官が使うツールや、誰が開発してるのか等については別途機会があれば書きたいですが、まあここでは書かないでおきます。
ちょっとまだまだ書きたいことはありますが、思いつくままに書いてたら長くなりすぎてきましたので、こんなところで終わっていいでしょうか?需要ある話かわかりませんので。。。
もしもっと読みたいという方がいらっしゃいましたら、また書きます。
それでは良い弁理士の日を~。
