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卒乳・断乳にはワサビをおっぱいに塗ると効果的と聞いて乳首に塗った

   

卒乳・断乳にはおっぱいにワサビを塗ると効果的と聞いて乳首に塗った

息子が2歳でもまだ卒乳できないでいる折、子供の卒乳・断乳にはどうすればいいかと女子の友人に聞いたところ、「わさびを塗ると成功する」旨のアドバイスを教えてもらったので、私の乳首に塗った。

すると、新境地に到達した。

乳首にわさびを塗ると痛くないのか

まず、「ワサビを塗ると卒乳できるよ」との助言に接し、私の脳裏によぎったことは、「乳首が痛くないのか」という疑問であった。

確かに、幼児は辛いものが苦手であり、辛いものに対して敏感であることから、おそらく匂いを嗅いだだけでもツンとくるあのわさびの匂いを嗅いだだけで、おっぱいから遠ざかることは想像できた。

しかしながら、それを実行するにあたり、乳首にワサビを塗ったら絶対にしみるに決まっているのであり、ママの側が耐えきれないのではないか、という疑問を拭うことができなかった。

したがって、乳首にワサビを塗っても大丈夫なのかどうか、という点を検証することに至った。

ハウスおろし生わさび

今回の実験で使用したわさびは、冷蔵庫に残っていた「ハウス食品 おろし生わさび」であった。

プライベートブランドのコスパには負けるものの、大手のメーカーが出しているチューブのワサビの中では、120〜130円程度でスーパーで購入することができる、比較的コストパフォーマンスが優れているワサビである。

しばしば納豆や豆腐、その他あらゆる食品につけて食べているが、直接そのまま食べるとかなり鼻にツーンとくるワサビであった。

匂いを嗅いでも鼻にくるし、暖かいものにつけると、その湯気とともに立ち上がるワサビを含んだ空気が目に入ることで、痛みを感じることもあった。

したがって、皮膚に塗ればしみるに決まっているし、まして、おっぱいの乳首なる神経が鋭敏な部位であれば、イタさは想像を絶するものと推察された。

ワサビを乳首に塗った後の時系列ごとの痛み

乳首にワサビをぬるにあたり、まず、人差し指に、直径1センチメートル程度の略球形になる程度のわさびを乗せた。

この時点では、指先に痛みを感じることはなかった。

そして乳首に塗る。

塗った直後は、何ら痛みを感じない。

そして10秒程度経過すると、徐々にじんわりと感じるものがあった。

冷媒感というのか、涼しげな感じがした。

さらに30秒ほど経過すると、ミントのような清涼感を感じた。

ややピリピリするものの、さほど痛みは感じない。

その後、1分、3分と待ってはみたものの、30秒経過時点の感覚との有意差は得られなかった。

したがって、痛みの感覚は、乳首への塗布後30秒程度でサチるとの仮説を立てることができた。

また、その痛みについては、軽い清涼感とピリピリ感があるだけで、特段痛くて耐えられないということはなかった。

むしろ気持ちよかった。

古いワサビは辛くなくなるのか

しかしここで新たな疑念が生じた。

ほとんど痛くない理由は、ワサビが古いからではないのか、ということだった。

開封直後のわさびは鼻や頭にツーンとくるほどの刺激があるものの、空気に触れて色が変わったような古い練りわさびは、そのまま舐めても辛くないという経験をしたことがあった。

この練りわさびも、開封後長期間冷蔵庫に入れられていたものだ。

そこで、乳首に塗られたワサビを舐めてみた。

とりあえず、ツーンとくる辛味はあるものの、耐えられないほどではなかった。

開封直後のチューブわさびであれば、そのまま舐めるとむせて咳き込んでしまうほど刺激があったはずだ。

わさびは空気に触れて酸化すると辛さが消えるということなのだろうか。

真相はよく知らない。

だがそれであっても、まだツーンとくる辛味はそれなりに残っていることには変わりがなく、それであれば、子供に対する卒乳の効果はあるはずである。

したがって、この実験上、何の問題もない。

むしろ、古いワサビの方がマイルドな辛さになるのであれば、乳首に対するママへの影響は少なく、一方で子供に対する卒乳効果は依然残っているというわけで、ある程度古くなったワサビを使った方が良いという結論も導けそうな発見につながる結果が得られたとも言えた。

乳首をワサビに塗って断乳・卒乳するのは虐待ではないのか

しかしここで倫理的な疑問が生じる。

1歳や2歳の子供は辛さに対する抵抗が弱く、例えば甘口のカレーのような、大人がほとんど辛さを感じない程度の食品であっても、その辛さによって泣いてしまったりする。

甘口カレーですら耐えられない子供に対して、大人が涙を流すほどに辛いワサビを舐めさせるような行為をするのは、虐待ではないのか、と。

しかしこれに気づくと、「卒乳・断乳それ自体が虐待なのではないのか」という根本的な命題を解決しなければならなくなることに至る。

「スムーズな断乳を行う」という表現それ自体がパラドックスであり、強制的な卒乳は全て、自然な摂理に照らした場合に、虐待につながる可能性を否定できなくなるのだ。

というのも、子供がまだおっぱいを離れたくない、おっぱいをまだ飲むのが自然に任せた営みであり子供の欲求であるならば、それを否定すること自体に親としての子供へのいたわりを否定することになる。

おそらく無理な卒乳を行えば、それがどのような手段であるにせよ、子供は泣き叫ぶであろう。

強制的な卒乳及び断乳をされた場合、子供はおそらく短期的には、親の愛情を否定されたという辛い感情を抱くことになるであろう。

したがって我々大人が考えるべきことは、子供に対して短期的にではあってもツラい思いをさせるのであれば、まず隗より始めよ、大人の側がそれに見合うほどのツラさを味わってみるべきなのだ。

そして私は、子供がそのままワサビを舐めてしまうことと同等の痛みを伴うと推測される行為、すなわち、おちんちんにワサビを塗るということを実行することに至った。

2017年元旦のことである。

おちんちんにワサビを塗っても痛くなかった

おちんちんにワサビを塗っても痛くなかった

ほとんど恐怖しか感じない行為であった。

なぜ私はこのようなことをしなければならないのか、という疑問を払拭できなかった。

しかし、無理やり卒乳を強要される子供の側でも、必ずそのような疑問を抱いているはずであった。

「なぜママはおっぱいを飲ませてくれないのだろう。なぜこのようなことをされなければならないのだろう。理不尽ではないのか」

したがって、ちんこにワサビを塗るという理不尽な行為に関し、それを理不尽だからという理由のみで止めることはできないはずだった。

そして、仮性包茎とかそういう次元とは一線を画すほどには先端が露出したその粘膜部分に、勇気を出してワサビを塗った。

5分ほど経過したが何の痛みもない。

というかむしろ、乳首に塗った際のような清涼感、ピリピリ感すら感じない。

何も感じないのだ。

これは、元旦の薄暗い早朝の静謐な空間に舞い降りた一筋の光のような天啓を私に与えた。

これまで、私は、「粘膜部分に刺激物を塗布された場合にはあまねく痛い」との考えを抱いていた。

しかし必ずしもそうではなかったのだ。

確かに、上記の通り、今回使用したワサビは辛味が抜けてしまったものであり、刺激も弱くなっていたのかもしれない。

しかしながら、舐めてみれば多少はツンとくる辛さが残ってはいるため、多少なりともおちんちんの先っぽに、何らかの感触を得てもおかしくはないはずだった。

ところが、実際には何の感触もない。

この発見ができた時、私はまるで宇宙の片隅の地球の片田舎で、物理的な身体という箱から精神が解き放たれ、時間と空間を超越した光り輝く存在に触れたような感情を覚えたのである。

人間は、物理法則から新たな発見をした時に、自然の摂理、神の領域に近づいた喜びを感じる生き物である。

そして、仮説を立てて実験を行い、考え抜いて検証をしたのち、偶然という幸運とともにそれは訪れることがある。

誰もがバカにするようなこと。

それでも自分の信念を持ってやり続ける。

それが我々をさらなる高みへと導く。

2017年の干支は酉。酉といえば翼。
すなわち飛躍を連想させるものであって、酉年はさらなる高みへと飛躍する年である。

初日の出とともに神の一端に触れたことで、新年の誓いを新たにした。

今年もチャレンジあるのみだ。

なお、私は男であり、おっぱいにワサビを塗ろうが塗るまいが、母乳の出ない私には何ら関係がないことなので、特におっぱいにワサビを塗ったからといって何も起こらないことを付記しておく。

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