高円寺の立呑み晩杯屋は安いし美味しいのでビジネスランチにおすすめ
ある土曜日、遠方からビジネスで東京を訪れている知人から、「仕事の合間にランチをしないか」という提案があった。
そこで、東京都杉並区高円寺の近辺で、コスパが良くて価格が安い、それでいてビジネス上の接待向きな雰囲気のランチのレストランを検索したところ、「立呑み晩杯屋」なるものがヒットした。
高円寺純情商店街にある、「高円寺純情店」である。
そこで、折り目のついた黒のスーツでビシッと決めたその知人と昼間っから晩杯屋でランチをしたところ、ものすごかった。
紳士的な接客とシンプルなルール
正直なところ、立ち飲み屋に休日の昼間から入ることには抵抗があった。
ダメ人間が集まっているような思い込みがあったからである。
もしかしたら酔っ払った客が絡んでくるかもしれない。
ビジネス上の接待には向かないような小汚い店だったらどうしよう。
あるいはルールを知らない素人に対して冷たくあしらわれるのではないか、という不安もあった。
まだ13時を少し過ぎたあたりの店内は誰もいなかった。
ガラガラの店に入るのは緊張したし、もしかしたらハズレの店に入ってしまったのではないかという懸念があった。
しかしそういった心配事はすぐに払拭された。
まず、店員さんの挨拶がハキハキしていて素敵だった。
我々のような見るからに素人な一見さんにも丁寧だった。
店内はよく掃除が行き届いており、明るく綺麗な雰囲気だった。
そして案内された奥の席には、目の前に「杉並警察署」の電話番号が大きく掲示されていた。
これによって、なんらかのトラブルに巻き込まれてもすぐに警察に連絡がつくので、非常に安心してパワーランチに専念できることがうかがえた。
安くて美味しいメニュー
飲み物は直接店員さんに口頭で注文し、食べ物のオーダーは紙に書いて行うルールになっているようだった。
そこで我々は、定番の生ビール410円とホッピーセット370円を各々注文した。
私がビール、知人がホッピーセットであった。
さらに、食べ物として、なすしょうが130円、おでん5種150円、カキフライ4個250円を注文してシェアすることにした。
どれも低価格で良心的な料金体系である。
そして美味しいし、テーブルに出てくるのが早い。
これはビジネス上のお昼ご飯に最適なレストランであると確信した。
あまりにもつまみが美味しいために、ビールがすぐになくなって2杯目に突入せざるを得なかった。
しかし熟考すると、ここで2杯目の生ビール410円を注文すると、生ビールだけで820円かかる。
立ち飲みのお店として、昨今1000円あればベロベロに酔えるとの噂で名高いセンペロ系の店が成し遂げていることに鑑みれば、ビールだけで800円を超えるのはまずいのではないかと考えられた。
食事メニューだけであれば1品1品が100円台と安いために、1000円以内で十分満足できる。
しかしアルコールを飲みまくると、普通に2000円超えてしまうのは容易に想像がついた。
その点、知人は40円安いホッピーセットを注文していたのは賢明な選択だった。
2杯で800円超えるのと700円台で収まるのとでは大きなコスト差につながるし、ホッピーであれば、2杯目を「中220円」とすることで、500円台に抑えることも可能であった。
ビジネスで成功できるかどうかは、いかなる時でもコストパフォーマンスを計算しなければならない。
私は1杯目をビールにしてしまったことを後悔しながら、2杯目はホッピーにすることにした。
一流のビジネスパーソンは立ちながら食事をする
今、欧米の一流企業では、なるべく座らずに立って仕事を行う、ということが流行であると聞いたことがある。
そしてさらに超一流になると、食事も立ったままで行うらしいのだ。
なぜか。
立っていると下半身の筋肉が鍛えられて血流がポンプのように全身に行き渡り、頭の回転も冴えるというのだ。
現に知人は、数々のビジネスを成功に導いているが、その秘訣の1つとして「立ち飲み屋で学術論文を読む」と豪語している。
そうなると、立ち飲み屋というのは、ビジネスランチにも最適だし、健康にも良いということになる。
一方、座っている時間が長ければ長いほど寿命が縮むという研究結果もある。
してみれば、立ち飲みというスタイルは非の打ち所がない。
そして美味しい食事メニューに旨い酒。
昨今、ビジネスの中心地である東京都内で晩杯屋の店舗が増えている。
人気が出てきてチェーン展開が促進されている理由が理解できた。
一流の客層
ものすごく驚いたことがある。
入店してすぐに、私たちのテーブルを過ぎてトイレに向かう若い女性の姿があった。
正直、このような店に女性が来るとは思ってもみなかった。
そしてトイレから出た後、何食わぬ顔で一人でカウンターで飲んでいる。
おそらく20歳代だろうか。
可愛らしい女性が一人で黙々と飲んでいた。
別に何か嫌なことがあったからとか、自棄になって飲むしかないとか、そういう雰囲気ではない。
さも当たり前におしゃれなカフェでコーヒーを飲むのとなんら変わらないごく自然な態度でカウンターに立ち、酒を飲んでつまみを食べているのだ。
確かに、カフェなどで高い料金を払い、しっかり座って筋肉を鍛える機会を失い、さらにパンケーキだのといった砂糖と脂の塊のような不健康なものを食べるよりも、晩杯屋で立ちながら栄養たっぷりで美味しい食事を食べる方が理にかなっている。
これは相当意識が高いのではないか。
そしてその後続々とひとり客が入店してきた。
いずれもおっさんであったが、背筋がピンとした紳士であり、黙々とカウンターで食事をしていた。
会話はない。
おそらく酒を飲みながら、内省をしているのだ。
他者との会話よりも自身との会話を楽しむ土曜日の昼下がり。
世間の喧騒から離れ、交友関係を広げることをせず、自分との対話によって新たな境地を見出そうという姿勢を感じる。
イノベーションは人間関係を広げることで生み出されるわけではない。
孤独になって、毎日毎日自分と絶えず静かに対話を行うことで生み出される。
晩杯屋はイノベーションの発祥地であると感じた。
一流の料理
一緒に食事をしていた知人が、店員さんのオペレーションを観察していた。
「あの卵を割る手つきを見ろ」と知人は言う。
確かに、普通ではない。
1パックの生卵を、次々と叩いている。
叩く強さは、弱くも強くもなく、可もなく不可もなく、絶妙な衝撃具合であった。
その衝撃度で卵にヒビを入れている。
慣れた手つきで、ゆっくりでもなく急ぐでもなく、絶妙なスピードでそれを繰り返していた。
「あれが、地道に研究を重ねた上で得られた、コツなんだ」
知人はポテサラを食べながら静かに言った。
その後、「人気のある店には、人気のある理由がある。成功している飲み屋から、成し遂げる上でのヒントを得ることができる。そしてそのヒントは、店員の行動をつぶさに観察することによって得ることができる。あの卵の割り方一つをとってみても、なぜあのように割るのかを考えれば、ビジネスのコツというものが学べるのだ」というようなことを言っていたような気がする。
卵の特殊な割り方。
あれは長い年月をかけて研究に研究を重ねた上でたどり着いた境地である。
そして立ち飲み屋においては、カウンター越しにその境地を目の前で見て学ぶことができる。
そういうことを私に伝えた知人の目は希望に満ち溢れていた。
そして、カウンターは全て客で満席になっていた。
どの客も、店員さんの方を見ていた。
店員さんのオペレーションから学んでいるのだろう。
意識の高い客ばかりだ。
人生は学びの連続である。
そして、あらゆる環境から学びのきっかけは得られる。
私も負けていられない。
そして酒を飲んでいる場合ではない、早く仕事に戻らなければと決意して店を出た。
しかしそうやって意識の高いことを決意しただけで、何かを成し遂げたような充実感があった。
なので、今日はもうすごい仕事をした気分になったので、色々とやる気がなくなった。
その後私と知人は、2軒目の店で焼き鳥をつまみにダラダラ飲んだ。