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友達の物を盗むのと店から盗難するのはどっちが悪いかと質問する子供

   

友達の物を盗むのと店から盗難するのはどっちが悪いかと質問する子供

中学校に入学してすぐ、不良と思しき先輩から洗礼を受けた。


友達の物を盗むのと店の物を盗むのはどちらが悪いのかと聞いて来る中学生

ある日、トイレに入ると、見た目が明らかにヤンキーのような雰囲気の中学三年生が小便をしていた。

中学校といえば怖い不良ばかりがいるという先入観があった私は、早速、その怖さを実体験することになった。

他には誰もいない。

近づくと怖そうだったので、一番離れた小便器で用を足すことにした。

すると、「おい」と大きな声で話しかけられた。

「はい」と私はビクビクしながら答えた。

きっと、「お前何で俺から一番遠くで小便してるんだよ。よそよそしいじゃねえか。俺のこと嫌いなの? むかつくわあ」とか脅されるに違いなかった。

しかし入学したばかりの4月であり、よそよそしいも何も当然のことであり、トイレで隣につくほど馴れ馴れしく接する方がおかしいわけで、他人と離れて小便をすることに特段の違和感を感じない。

ところが、そんな脅しなどは一切されず、先輩はこう言った。

「お前、友達の物を盗むのと、お店の物を盗むのはどっちが悪いと思う?」

当時は大人のように見えていた中学三年生であったが、とてもバカっぽくてやはり中学生といえどもまだまだ子供であることがうかがえる質問文である。

あるいは、「盗む」ではなく「パクる」という、ガラの悪そうな表現をしていたかもしれない。

いずれにせよとても不機嫌そうな口調だった。

私はとっさにこう考えた。

きっとこの先輩は、友人から何かを盗まれたに違いない。

おおよそ、お金か財布か何か金銭的な物を友達に盗まれたのだろう。

しかし当然ながら友達は「俺が盗んだ」とは言わない。

学校内で物が紛失したのでクラスメートが盗んだに違いないのだが、誰も白状しない。

そのことに非常に苛立ち、このように見知らぬ私に意見を求めてきているのだ。

したがって、ここでの正解は、「友達の物を盗む方が悪い」である。

実際には、お店の物を盗むのもクラスメイトの物を盗むのもどちらも悪いのだが、ここではそんな真実はどうでもいい。

とにかく、このヤンキー先輩に共感を示すことが重要なのだ。

きっと、このヤンキーは、盗難されて悔しい気持ちを誰にも理解されていないのだろう。

誰か味方が欲しい。

わかってくれる人が欲しい。

そして今、私はこの先輩のおメガネにかなうかどうかが試されている。

もしも間違った回答をしたら、確実に殴られてゲームオーバーになる。

私は、震えながら「と、友達です」と答えた。

すると、先輩は何も言わない。

「うわ、間違えた」と後悔した。正解は「お店」だったのか。

当時残機制のテレビゲームばかりやっていた私は、「私は1機死んだ」と思った。

残り0機だったので、死んだらゲームオーバー、コンティニューはできない。

すると、5秒後くらいに、さも感動したような口調で、「わかってんじゃん、お前」とか言って先輩は手も洗わずに去っていった。

死なずに済んだ。

先輩の親がお店のオーナーだった場合

しかしあれは結構危ない橋だったと思う。

もう少し、「盗まれた物」が具体的に何なのか、や、盗まれた状況などを聞いてから正式な回答をした方が安全だったと思われる。

例えば、先輩が自営業を営んでいる親の息子であった場合、自分の財布の中の100円を盗まれるよりもお店のレジから100円を盗まれた場合の方が、影響度は大きい気がする。

お店のレジというセキュリティ的に厳重にしていたはずの場所から盗難されたことが発覚すれば、その精神的影響力は計り知れない。

今後もさらに盗まれるようなことがあっては、一家の経営に大きく左右する。

教育費すらままならず、先輩は高校に進学することもできなくなるかもしれなかったのだ。

そのことを悔しくて私に意見を求めてきていたかもしれないのだ。

それを知らず、安易に「友達です」とか答えてしまった私は、安直だった。

「盗まれた物」が「彼女」だった場合

さらに私は手ぬるかったのは、「物」をお金とか本とかCDとかゲームとか物質的な物だと短絡的に想像してしまった点にある。

もしかしたら先輩は、自分の「彼女」を略奪されたのかもしれなかった。

しかし「友達の彼女を盗むのとお店の彼女を盗むのはどっちが悪いのか」という質問をすると意味がわからなくなる。

「お店の彼女」とは一体何のことだろうか。

そもそもお店という概念に性別など存在しないし、恋愛感情があるかどうかもわからない。

したがって、先輩は次の質問形式として、「友達の彼女を盗むのとお店の物を盗むのはどっちが悪いのか」という問題文を考えてみた。

しかしここでも問題が生じる。

「彼女」という人格的なものと「物」という単なる物質とを天稟にかけて比較することは難しい。

その時点で難しいのに、そこに「友達の」とか「お店の」というまたもや比較対象の難しいものを持ち出すと、もはやどこに重点を置いた質問なのかがわからなくなってしまう。

そこで先輩が考えたことは、「物」を物質的な物体ではなく、もっと概念的なものまで含む「もの」という意味で使うことにした。

これによって、「友達のものを盗むのとお店のものを盗むのはどっちが悪いのか」という問題文を完成させていたのだ。

そこにたまたま私が現れた。

やはり彼女を略奪されれば悔しいので、この場合の正解も「友達のもの」である。

結論に至るまでの流れは間違えたが、答えは結果的に合っていた。

先輩が盗む側だった場合

しかしよく考えれば、もしかしたら先輩が盗みを働いた側だったかもしれない。

ある日先輩は、悪気なく友達の物を堂々と盗難した。

そしてその友達から、「友達の物を盗むのとお店の物を盗むのはどっちが悪いと思ってるんだ」と叱られる。

しかしヤンキー先輩はバカすぎてその意味が理解できず、そもそも友達の物を盗むのもお店の物を盗むのも悪くないと考えていたとする。

そして私にその意味を訪ねてみた、というわけだ。

したがって、この場合、「友達」と私が答えてしまうと、いかに先輩が悪いことをしたのか、いかに先輩が大切な友達という人格を傷つけたのかということを先輩に見せつけることになってしまい、もしかしたら先輩はその後ものすごく落ち込んで登校拒否とかになってしまうかもしれなかった。

なので、そこまで思いを馳せれば、正解は「両方悪い」だった。

そもそも盗難自体が悪いことだということを教えることにより、少なくとも「お店から物を盗むことよりももっとひどいことをしてしまった」という深い罪悪感を先輩に与える必要は無くなった。

一般的な盗難と同様の悪いことをしたのであり、盗難という悪いことの中でもさらに悪い「友達からの盗難」という最悪の事態をしてしまったという後悔の念を先輩に与えずにすむ。

私はもっと慎重になるべきだった。

物がハートだった場合

中学生はまだ子供であり、子供はもっと想像力が豊かであるはずであった。

「物」が「心(ハート)」のことを暗に意味していたかもしれないのだ。

ルパン三世の映画をみていれば誰もが知っているように、泥棒はハートを盗んでしまうこともありうる。

そして先輩は、友達から「ハート」を奪われた。

おそらく、クラスメートの女子に心を奪われて恋愛感情を抱いたのだと思われる。

そして恋愛感情は悪くない。

むしろ好ましいことであり、青春をよりエキサイティングにする「良い」ものである。

それに対して「お店」が心を奪われるということはどういうことだろうか。

癒着である。

本来、お店とお店、あるいはお店とお客との関係は経済的なルールのみによって成り立つべきであり、そこに「心」が介在すると、ドロドロした悪意が渦巻く。

あるお店が特定のお店やお客のみに安くサービスを提供したりすることにより、経済活動全体から見た場合に歪みが生じる。

自由経済において特定の場所にのみわだかまった歪みは、社会全体への貢献には繋がらないパターンが多い。

そのような社会の病巣を憂えた先輩は、私を試したのだ。

したがって、私は「お店の物」と答えるべきだったかもしれなかった。

子供からの質問は突飛である

子育てをしていると時折子供から予想だにしない発想の質問を受けることがある。

上記の例は先輩から受けた質問であったが、今後、このような質問を自分の子供から受けることがある。

その際に、いろいろな可能性を熟考した上で回答するようにしないと、子供からバカにされるだろう。

したがって、1つの質問に対し、あらゆる別解を考えておかねばならない。

常日頃から考える訓練を行い、子供から受ける突然の難しい質問に答えられるだけの準備をしておかなければならない。

かくも育児とは難しい物である。

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